【開催報告】CR副専攻受講生と生田ゼミ生がフィールドワークを通じて神戸の復興状況を学ぶ!

 2020年1月12日(日)にCR(コミュニティ再生)副専攻「アゴラセミナーⅠb・神戸復興フィールドワーク」が実施されました。

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災から25年を経た兵庫県神戸市で、神戸防災技術者の会、神戸大学、人と防災未来センターの方の協力の元、学生7名がフィールドワークに参加し、その25年間の復興状況を目の当たりにして学び、学生たちは、関係の方々と感想や提案の意見交換を交えました。下記、活動の内容の詳細です。

  1. まち歩き

 神戸市須磨区と長田区にまたがる鷹取地区からまち歩きが始まりました。案内は、K-TEC(神戸防災技術者の会)の片瀬氏、神戸大学の大西先生、人と防災未来センターの木作先生です。駅北側は震災後に工場が移転し、高層マンションや商業施設が立ち並んでおり、駅南側は震災時に大規模な火災があった為、震災後に建てられた住宅が立ち並んでいます。震災後の区画整理事業で建て替え時にセットバックや道路拡張が義務付けられており、その時の苦労をお聞きしました。また大国公園に、今も残る震災時に火災で黒く焦げた木は、公園の端でひっそりと震災を伝承しつつ住民の皆さんを暖かく見守っているように映りました。

 新長田地区では、復興シンボルとして駅前に巨大な鉄人28号の実物大モニュメントが立っています。駅前は人通りも多く活気がある一方で、震災後の再開発事業で建設されたビルの中に入ると閉店しているお店も多くありました。少し歩いた所にある大正時代に開場されたという丸五市場は、震災時の火災や倒壊を免れたそうで、タイムスリップしたかのような昔の市場の雰囲気が残っていました。

 兵庫区の松本通りを歩くと、せせらぎと呼ばれる水路が所々に見られ、非常時には消防用水路としても利用されているそうです。せせらぎでは月に2回地域一斉の清掃が行われ、地域コミュニティの場にもなっており、街に溶け込んだ景観が印象的でした。

 午後は神戸布引ロープウェイに乗って、神戸市内を遠望し、その後、山を下る途中に布引断層が露出している場所がありました。水の浸食に弱いと言われる断層が削られた跡には谷があり、ダム湖百選の布引ダムも見ることができました。神戸市内の断層の多さや地質の特徴について学ぶことで、防災の視点から神戸市・兵庫県を考えさせられました。

 六甲道駅南地区では、副都心と位置付けられており、震災前から地区の一部では市街地改造ビルが建設されていましたが、大部分は住宅・商業等の低利用地区でした。六甲南公園内の集会所にて、K-TECの倉橋氏から、震災後の様子や復興事業策定についてお話を伺いました。
六甲道駅南地区では震災で全半壊が約65%と大きな被害を受け、再開発事業による都市計画が行われました。防災支援拠点の整備や副都市機能の充実、多様な住宅供給といった様々な目的を持って区域面積約5.9haの計画は始まりました。当初は神戸市が2か月で都市計画を決定した為、住民からは混乱の声が上がり、その後「2段階都市計画」が採用されました。第1段階では、区域、骨格となる道路、公園が決められ、第2段階で生活道路や街区公園等を住民と協議して決めることになりました。防災公園を中心とした都市計画であったため、まちづくり協議会では公園の規模や建物高さとの関係等が住民間でも活発に議論されたそうです。当時住民集会に参加していた女性は、計画には反対であったが、仮設住宅に住んでいる方達を見ると早く戻してあげないといけない(賛同して計画を進めなければいけない)と思ったと当時を振り返りました。復興にあたって、全ての住民の意見が一致するということは非常に難しく、如何に反対意見を大きくしないかといった当時の住民集会で意見をまとめていく苦労の過程が感じられました。

  1. 振り返り会

 六甲南公園内集会所で、今回の神戸復興フィールドワークを通じて、最後に、振り返り会を行いました。ここでは、特に六甲道駅南地区の再開発事業を振り返り、10年で完了した要因として「まちづくり協議会が十分に機能した」ということ、「住民、専門家、行政の連携が上手くいったこと」の二点が挙げられました。

 

  1. 所感

 神戸市の皆さんの復興・都市計画への思いから学生も学ぶことが多く、震災後の都市計画にあたっての疑問が多く上がり、自身が住んでいる地域での防災活動に対する興味が出たという学生もいました。神戸でのフィールドワークで感じたこと・学んだことが学生の今後の活動に繋がればと思います。

  1. 学生の感想

・地域の意見が反映されたまちづくりが、午前のまち歩きからも感じられました。
・まちづくり協議会が他の町と比較して違った形態で、他の町には流用しにくい手法ではないかと
 感じました。
・新しい人がこの街に入ってきた際に、ボランティアや維持管理といった面でどのように馴染ん
 でいくのか。またコミュニティの維持方法について疑問がある。
・震災で一度は失われたものを、行政や市民の方が協力して今の姿まで復興させてきたというこ
 とが、まち歩きから感じられました。
・この町のデザイン(仕組み)等を自分の住んでいる町である大阪にも、大阪らしくアレンジした上で活かせ
 ないかなと感じました。
・住民の意見を反映させながら、自身の家だけでなく町全体を考えたまちづくりしていくことの重
 要性を感じました。
・震災前からまちづくり協議会がある所と、無いところのまちづくりの進め方は違うのかと疑問に
 感じました。
・防災公園にあった防災資材・倉庫は大阪ではあまり見られず、大阪も震災の影響を受けているはずなのに、
 対策が講じられていないのはなぜなのか、もう少し対策があってもいいのではないかと感じま
 した。

■問合せ先
 地域連携センター
 06-6605-2068